

「お役目が回ってきなぁ…」
母親から切り出された思いがけない話があったのは5月の始めでした。
告げられた話の概要はこうです。
「日南子ちゃん(仮称)ていうお父さんの従姉妹にあたるおばさんがいる事は知っているでしょ?」
「あぁ…、会ったことはないけど、たまにお母さんがお世話に行く精神に問題がある人だよね。」
「そう、その日南子ちゃんは今65歳なんだけど、本人は精神に問題があるから、いろいろな日常のことが管理できない人なのね。その色々な事をちゃんと管理していくために、法的な手続きをちゃんととっていくことにしたの。」
「ふ~ん、そうなんだぁ。それはいいね」
「でも管理をする人になるのには誰でもなれる訳じゃなくて、いろいろな条件があるのよ。その条件面で私(母親)やお父さん、親戚の延岡さん(仮称)たちはなる事が出来ないの。つまり結論はあなたに【成年後見人】をやって欲しいという訳なの。」
「えっ! 自分が!? 会ったこともないのに大丈夫なの?」
「最終的に後見人を決めるのは家庭裁判所の裁判官だから一概には言えないけど、条件の面でクリアしているから、恐らく大丈夫だと思うわよ。」
成年後見制度とは
母親からの申し出を受けて、どうリアクションをするのが正解なのか分かりませんでした。
成年後見制度という言葉を耳にしたことはあるけど、実際の身の上に関わったことがないから当然のごとく、詳しくは知らない内容だ。ただ漠然とお世話をする係りの人的な感覚だった。
認知症、知的障害、精神障害、発達障害などによって物事を判断する能力が十分でない方の、権利や財産などを守る援助者を成年後見人と言い、その対象者を法律に則って支援する制度の事を成年後見制度と言います。
日南子さんに家族はなく、名取市にある精神施設に30年以上に渡る施設暮らしをされています。今回後見人を選定するにおいて、色々な親戚縁者を母親は訪ねて打診をしたようなのですが、異口同音に良い返事を頂くことができなかったようです。
でも実質的に20年以上お世話をしている母親や延岡さんたちも高齢になり、色々な意味で手続きなどに支障をきたすことが増えてきた事をキッカケに、本人よりも若い後見人を立てる事に決めたけど、定着する港が無くて船は座礁しかけていたのです。
そのオファーを私が受けてくれるなら安心だと言われました。
多くの人が断る理由は簡単です。家庭裁判所に定期的に報告書を出さないといけなかったり、実際に身の回りのお世話をしなければいけなかったり、その本人の人生に大きく責任を持たなくてはいけなくなったり、専門職の後見監督人なる人とも打ち合わせ等をしなければいけないなどの行動を強いられるのに、ほぼ見返りは無いという俗っぽい言い方ですが、「割に合わない」という面があるからです。
また後見人はその管理できない本人の財産などを不当に搾取、横領などをする人もいる為に、お金にだらしのない人も適しません。
A4サイズで14ページある成年後見制度の冊子を一読して、「なるほど!これは仕事感覚や効率性、費用対効果などを考えていたらできないお役目だ。ある程度の社会的弱者に尽くす精神や公平性、人間性が問われる内容なんだ!」という一端を理解することができました。
申し立て
申し立てとは、この人物が成年後見人として相応しいという推薦状のようなものです。なお申し立てできる人も、日南子さん(本人)から4親等内の人という条件や医師の後見制度専用の診断書、本人の戸籍謄本などを準備しなければなりません。
本人でない人がそれらの必要書類を準備して裁判所に提出するのに紆余曲折が多くあり、約3ヶ月という時間がかかりました。
新宿区役所の戸籍課の人、施設に訪れる医師との意思の疎通のズレの問題、財産目録などの正式な書類作成、後見人に推薦する人の数年間の収入などの書類、銀行員とのやりとり、それらを事務的に指揮する司法書士さんとの話し合いなど、母親に尽力してもらいなんとか提出することができました。
決まりは決まりなので仕方がないのですが、申し立てひとつ完了するにも、多くの人が関わっているから大変だなと思いました。
裁判所の空気
私が裁判所から連絡を受けて赴いたのが9月7日です。約30分の説明DVDを視聴し、その後に40分くらい質問形式の面談を受け、「改めて2週間お待ちください。書面にてご連絡いたします。」という流れを終えて、ようやく申し立てが終わったことになりました。
裁判所という一種独特な雰囲気を持つ場所には、なんとも言えない硬く重い空気が立ち込めている感じがあった。「2号調停室兼道交事務室」という8畳くらいある広さの部屋に、30代半ばと思われる、ちょっとヒゲが濃いめで頭髪は直毛タイプ、目が三角形でやや日焼け気味の男性職員小林さん(仮称)に案内されました。
小林さんは淡々と話を進めていました。感情を制御された冷徹なアンドロイドのようにです。私も底意地の良さからなのですが、このタイプの人には、少しでもこの人の思惑の範疇にない事をこの場で展開していきたい気持ちになってしまうのです。
意地悪な質問をするとかではなく、この事案に借りてきた猫のように、無難にただ乗っかっているという立場ではなく、自分のことにしっかりと置き換えれば、自ずと質問などは出てくるものです。
裁判所の仕事は司法「法律」の世界だから、感情をあまり仕事の進行に介入させないようにしている感が彼の所作に出ていました。事務的に粛々と進めることがきっと求められるスキルだと理解しましたが、妙な違和感を感じるのです。
私はどちらかと言えばそちら側の人間なのですが、反面教師とはまさにこのことです。人とは感情と感情が通い合うやりとりや本音の表情が見たいものです。率直な質問を投げかけ答えてもらうやり取りを少し続けたら、彼の柔和な表情を見られたので、私は赴いた目的とは全く関係はないのですが、嬉しい感じになり裁判所を去ることができました。
業の深さ
私はこの後見人になること自体に問題はないのですが、一つだけ引っかかり、モヤっとする感じがありました。それは今までのやり方で約20年間続けてきた事をなぜ今、大きく転換するのかなという点でした。
そうしたら口ごもりながらも、その本当の経緯というか理由をうかがい知ることになりました。
これから先のことは私の作り話、フィクションと思いながら聞いてください。
簡単に言えば先にも挙げた例のように、延岡さんの不透明な金銭の移動を母が見つけたというか、知ることになったからでした。
この問題は軽率に公表する内容でもなく、今後裁判所や法律に則って適正に処理していくことなので多くは示しませんが、一つ言えることは母親は社会的に、また人格的に正しい判断をしたということです。
人間はそれぞれに持ち合わせる弱さがあります。
お願いされたら本人の為にはならないと分かっていてもNOと言えない人、普段はキッチリしているのに異性や子供には全然甘くなってしまう人、人は良いのに時間や約束を守れない人、お金にだらしがない人、どれも完璧にこなせる人はいませんが、理由をこじつけて正当化し始めたらキリがありません。
ご縁があるということ
今後はより適正な形でパブリックな管理をしていくことになるでしょう。裁判所の管理下にある信託銀行等と契約を結びながら進めていく予定です。
もちろんそれがベストな選択ではないのかもしれませんが、感情やパワハラ的な流れに流されないようにするには、出来上がっている固いシステムに乗っかってしまうのが早い場合があります。
こういった経験もなかなか巡ってくることもないので、旨味はほぼありませんが、自分ができる精一杯を尽くして関わっていきたいと思います。
私もすぐ誤った判断もするし、立派な人間でもないので日々内省ですが、日南子さんとご縁があるということなのでしょう。
責任を持つということ
仕事もしたことがない、社会ともほぼ関わらない、ずっと施設で人生を過ごして生きている65歳の日南子さん。一通りの専門職監督人との打ち合わせが終わったら会いに行ってみよう。
日南子さんから何を感じ、延岡さんから何を感じ、監督人から何を感じ、後見制度に関わり何を感じるのか。
この畑に一部責任を持つことは、水をやったり、肥料をまいたり、草や害虫をとったりすることだ。
そこからどんな芽が出てくるかは分からない。出てこないかもしれない。
でも見守ろうと思います。
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2 コメント. 新しいものを残す
いろんなお役目が与えられてますね!
私の友達に、身元受取がいない人のための代理後見人の仕事をたちあげた人がいます。私は、後見人ということがどういうことなのがわからなくて、友達に色々と教えてもらいました。
世の中には、親が亡くなった後に親戚や身内がいない独身の人が多くあるんだという実態を知ることになりました。その方々の亡くなった後だけでなく、施設に入ったりするときの、保証人という形でサポートしていくという仕事だそうで、確かに人助けのような形になってるんだと感心しました。目を向ける先が少し違っただけで、形にしていくもの人助けにおいてもいろんな方向があるんだと思います。愛ですねー!
shigemiさん
いつもありがとうございます。
コメント嬉しいです😊
今日も仙台の司法書士さんと打ち合わせをしました。法律とは優しさとか厳しさではない原理原則に従って成されるという、当たり前の事を改めて学びました。でも正直なところ切ない感じはありますね。見守ります。