

ドリーム整骨院の建物は、以前に私たち家族が住んでいた実家を2010年に事業所兼住宅としてリフォームし開業した建物です。
建物自体の築年数は約50年になる古い物件ですが、道路に面した平家側を事業所として改装し、奥側の2階建ての4部屋部を住居部として利用するために、補強材や断熱材なども強化して作り変えました。
「うなぎの寝床」と形容される、昔の城下町特有の狭い間口に奥行きの長い「町屋造り」の建物の地域に整骨院はあります。
時が止まった空間
その敷地の一番奥には私の父方の祖母が生前に暮らしていた、土壁で高床造りの築80年以上になる古い家屋があります。
東日本大震災でも大きなダメージを受けていて、壁は至る所が崩れ落ち、床は腐り抜け、建物も少し南に傾いています。そのような状態なので猫がどこからともなく侵入していて常宿としていたりオシッコをしたり毛が抜けていたり、大きな蜘蛛の巣があったり、いわゆる荒れている古い屋敷なのです。
電気も通っていなく、倉庫も屋外に別に在るために、その祖母の屋敷への通路も草が生え放題で荒れていることも知っているので、普段は近づくこともしないのです。
小中学生が使う古い学習机などの粗大ゴミや着なくなった古着、古くなった布団類、要らなくなった絵画、コタツ、棚、座椅子、書類や本類、壊れたラジカセやフクロウの木彫り置物、古い柱や木材などなど、処分に一手間かかる物たちが寂しく埃をかぶりながら、時が止まったかのように鎮座している場所なのです。
父親との見解の相違
以前にこの建物も崩れ落ちる危険性もあると思い、父親に解体することをどう思うかと聞いたことがありました。その答えはNOでした。その理由も聞いてみると、特にこれと言った理由はなく、いいから壊さないでおけと言うのです。
父親が少年の時に暮らした家でもあるし、色々な思いでなどもあることは口に出さなくてもある程度は理解できるので、仕方がないと思いました。
そこで建物は良いとして、その中にある大きな荷物類というかゴミ類は片付けようと思う旨を伝えると、何故かそれもそのままにしておけという様な答えが返ってきました。私からするとそこにおいてあるものは大事なものではなく、明らかなゴミとしか思えないものなのです。
もう一度確認すると「何かあった時に使うかもしれないから」とか「燃えるものは資源なんだ」という、一見するとフトコロの大きな発想のようでもあり、また合理的な考えにも少しだけ思える答えでした。
でもそれを言い放つ父親の表情や言葉じりには、限りのある資源を大切にする思いやりや優しさなどはみて取れません。むしろなにか歯切れの悪さというか強引さなどのニュアンスが聞いて取れました。
資源という意味
私はすぐに 【資源】という言葉を調べてみました。
資源は、人間の生活や産業等の諸活動のために利用可能なものをいう。
人間の活動に利用可能なものが資源とされるため、何が資源と認識されるかはその時代や社会によって異なり、これまでは単なるゴミなどとされていたものでも技術の発達に伴い資源とされたり、逆にこれまで利用され資源と認識されたものでも、社会の変化と共に資源でなくなったりする。
【ウィキペディアより抜粋】
理屈では100歩譲って父親の言っていることは理解できる。だけど私がその言葉や態度に違和感や不自然さを感じるのは、普段からの生活や人に対する、あるいは物に対する対応を見ているからなのです。
また仮にも今この敷地内に住んでいるのは僕だし、大事なものがあるのならば自宅ないし離れたところにある倉庫に運んで管理すればいいのにと思うのです。
でも当時の僕は奥の屋敷には一切行かないし、絶対にゴミを処分してスッキリさせたいという強い思いもなかったので、父親といがみ合いになる方を避けたほうがいいなという判断をしたのでした。
根っこには父親に対しての素直に敬意を払えない、対立する感情が少しあるんだと思います。
ゴミの山は嬉しい
それから8年の時間が流れました。
燃えるゴミ袋が10袋、燃えないゴミが9袋、山のように積み上がったゴミ袋は壮観で嬉しい感じでした。瓶や発泡スチロール、木材や壊れた機械類などの分別作業に丸1日を費やしました。汗だくになりながら、蚊に刺されながら、蜘蛛の巣に引っかかりながら、モンクもぶつぶつ言いながらも、やっとゴミと向き合う、過去の思いや出来事の一端を精算できる日が来たのです。
概ね親から了承を得られ、弱火だけど長くくすぶっていた事柄の一つをクリアしたのです。
軽トラックに燃える資源ゴミを工夫しながら積み木のように積みます。あっという間に荷台は彼らに占拠されました。
そしてゴミ処理の施設に小雨の降る中、荷物が崩れ落ちないようにスピードをゆっくり目に保ったまま、マニュアル車でパワーステアリングのないスズキCARRYを走らせる。
数分前まで祖母の屋敷に15年以上に渡り不動のまま王様のように鎮座していた棚や机などの燃える資源ゴミたちです。もうすぐその造形物という役目を終えようとしていることをきっと彼らは分かっていると思いました。
そのゴミ処理施設に向かうまでに小雨が降りましたが、彼らの涙雨のようにも、またお役目を終えられる嬉し涙にも思えたからです。
仙南クリーンセンター
ゴミを処理する施設は仙南クリーンセンターと言います。宮城県南部に位置する白石市、角田市、蔵王町、七ヶ宿町、大河原町、村田町、川﨑町、丸森町の2市7町の燃やせるゴミを最新の技術で焼却処理する昨年2017年に竣工した巨大な施設です。
原発関連のゴミも処理するという内容があり、近隣住民の反発や不安もある中、稼働している処理施設です。近くの道路を通過することはあっても訪れたのは今回が初めてでした。
入り口ゲートで受付をし、そのゴミを積んだ車の総重量を計測します。そして係員さんの指示に従い巨大な施設内に軽トラックを進めました。
その施設内に入ってまずその広さに驚きました。大型のトラックでも優(ゆう)に20台は停められそうな広さと、天井までの高さも軽く20mはあり、鉄とコンクリートに覆われたガレージのような屋内。
その西側壁面には黄色の10mはある巨大で重厚な扉が5つあり、十分な威圧感を放っています。まるでロボットでも格納しているような基地のようにも見えました。
軽トラックをベルトコンベアーのある位置まで誘導され、運転席を降り注意事項を聞いて2mくらい下にあるコンベアー投入口に積荷を捨てていきます。職員の60歳くらいのおじさんと2人で次から次へとゴミを投下していくと、3分と経過しないうちにあっという間に終わりました。
積むのは大変だったけど、捨てるのはあっという間です。
僕は心の中で、手を離れていくゴミが鉄製のベルトコンベアーに激突する鈍い音を聞きながら、「お疲れ様でした。今までありがとう」と祈りにも近い感謝の念を送りました。
座椅子だけ中に入っている鉄製のパイプとクッション部を分解するように指示され、横のスペースに移り、また別な優しそうな顔をした65歳くらいの職員さんの手ほどきを受け、カッターで分解もしました。
僕たちの後にも次々と持ち込まれるゴミたち。2tトラック一杯に積まれた木の枝葉や、どこかの家を解体した時に出るような大小様々な穴などが開いた柱や畳など、鉄製ベルトコンベアーは大忙しです。
全ての工程を終え施設出口から軽トラックを出発させ、出口ゲートで再び重さを計測し料金の精算です。50kgごとに610円という料金設定なので、今回の140kgのゴミで1,830円でした。あのゴミの量をこの値段で処理してもらえることにとても感謝です。
捨てることは得ること
捨てることで得られるものは何かを考えました。空間、時間、すっきり感、快適感。熱意みたいな感情もあるかもしれないと内観してみて思った。
何を捨てたのか。執着感、ゴミを気にしていた雑念、依頼心みたいな心、表現がおかしいと思うけどプライド(こだわり?)みたいなもの。
人生とは取捨選択のつながりみたいなもの。
その見極めを誤らないようにしたいものですね。
2 コメント. 新しいものを残す
わたしも今壊れた電化製品の処理をするのに頭がいたいです😑
色々調べると、自分で処分するのが1番安くすむのは理解できたんですが・・
男手が必要にはなりますね。
使わないものも、いつまでもあり続けることで当たり前になるとそのままの状況でも困らなかったりしますもんね😅片付けた後のすっきり感や爽快感はわかります😊不用品を手放すことって、いろんな意味で自分の気持ちの整理整頓ですね!
いつもコメントありがとうございます。
捨てる捨てないは自分の心の中の問題なんでしょうね。
大人になるとは捨てることができるということかもしれませんね🙂